PROFILE

株式会社フリード
取締役会長 鈴木孝昌

私は22歳からクルマ業界に携わり、28歳までトヨタディラーでセールスをしていました。

その後10年間は中古車専業店に勤め、ここで企画・仕入れ・販売・経理を始めとした実務を学び38歳で独立しました。世間から見ればやや遅い船出だと思います。

その後、さまざまな車種を販売し、インターネットの普及と共にネットを活用した販売戦略で全国販売が可能となりました。

これからもお客様の期待に応えるべく、厳しい品質基準のもと、高年式・高品質のクルマを販売していきます。

FREED 採用情報

STAFF BLOG

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2017.03.18 Saturday

豊岡コウノトリ(5)

 

このあたりの天井は

鉄骨が組まれています。

 

 

坑道から噴き出す水が

滝のようになっている場所がありました。

 

 

社が置かれています。

 

 

生野銀山の断面図です。

一番深いところは、

地下800メートルあります。

 

 

鉱石を地上へ搬出する巻揚機です。

 

 

 

坑内作業員が使っていたエレベーターです。

人と鉱石を運んでいたものです。

 

 

ここにも蓄電池式のローダーがありました。

 

 

この坑道はコンクリートで固められています。

 

 

出口付近に明治時代の作業風景が

ジオラマで再現されていました。

 

 

鉱石を掘る作業員を「堀大工(ほりだいく)」

それを集める女性を「女手子(おんなてご)」

と呼んでいたそうです。

 

 

鉱石を選別する女性を「砕女(かなめ)」と呼んでいました。

 

 

坑道ないの食事風景です。

暗い坑内では

食事時間が一番の楽しみだったようです。

 

 

地上に鉱石を運ぶ人を「負子(ふご)」と呼んでいました。

 

 

 

測量する人を「振距師(ふりがねし)」といったそうです。

 

 

精錬しやすくするために

鉱石を細かく砕く作業の様子です。

 

 

今日も読んで頂き、ありがとうございます。

これ以降のブログは、後日アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 


2017.03.17 Friday

豊岡コウノトリ(4)

 

とにかく

カメラが結露してしまい

良い写真がありません。

 

 

江戸時代に掘られた抗道が残っていました。

 

 

昭和に入ってからは

ダイナマイトが使われていました。

 

 

今まさにダイナマイトのスイッチを入れる

場面を再現したものです。

 

 

鉱員が着る作業服の説明です。

 

 

 

鉱脈を掘り進んだ跡です。

 

 

この場所が見学できる

坑道の終点になります。

 

 

 

昭和初期に掘られた坑道です。

 

 

先にボーリングを行い

鉱脈を探してから掘り進みます。

 

サンプルで取り出された石を

「コア」と呼ぶそうです。

 

 

サンプルとなる「コア」を取り出す現場を

再現しています。

 

今日も読んで頂き、ありがとうございます。

これ以降のブログは、後日アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 


2017.03.16 Thursday

豊岡コウノトリ(3)

 

坑内で立ち止まりながら

説明を読んでいると、

けっこう時間が早く過ぎるようです。

 

 

坑内は十分な照明があるので

暗いという感じはありません。

 

 

江戸時代の採掘を表現している人形です。

なぜかヘアースタイルが現代的でした。

 

 

見学できる坑内の平面図です。

 

 

閉山されるまで使われていた

機械が展示してありました。

 

 

表面を削るスクレーパーです。

 

 

ダイナマイトで爆破して集められた鉱石を

集めている様子です。

 

 

坑内の奥では

蓄電池式の機関車が使われていました。

 

 

 

上に向けて採掘している様子です。

 

 

危険防止のため、

金属の網が張られていました。

 

 

生野銀山には立坑がありますが、

一般には公開されていません。

 

このあたりから湿度が高くなり、

カメラのレンズが曇ってしまいました。

 

どうもカメラ内部まで

結露してしまったようで、

写真がぼやけています。

 

 

 

 

カプセルのようなもので

鉱石を上にあげる機械です。

 

 

 

崩れやすい場所は

支柱が組まれていました。

 

 

坑道にある鉱石には

金と銀が入っています。

 

今日も読んで頂き、ありがとうございます。

これ以降のブログは、後日アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 


2017.03.15 Wednesday

豊岡コウノトリ(2)

 

吹屋館の中は、

どのようにして銀を取り出したのかを

解説してありました。

 

最初は木炭を加えて

吹子で風を送り粗精錬します。

 

 

次に素吹で粗精錬した湯に石金を加え

木炭を乗せて吹子で風を送って溶かし、

銀を含んだ合金をつくります。

 

 

灰で作った炉に入れて溶かすと

鉛は灰の中にしみこみ、

銀のみが灰の上に残ります。

 

これを灰吹銀と呼ぶそうです。

 

 

これをさらに溶かし込み

上銀吹と呼ばれる「上銀」が完成します。

 

気になったのは

マネキンを改造したような人形なので、

顔つきが外人ぽく、

彫りの深いものになっていたことです。

 

 

 

坑内で実際に使われていた「ローダー」です。

 

 

生野銀山の発展に力を尽くした

フランス人の銅像です。

 

 

 

ここが見学できる坑道の入り口になります。

 

 

坑道は思ったより広くなっていました。

 

 

見学できる坑道は1000メートルあります。

 

 

ところどころに解説がありました。

 

 

人気がいない場所なので、

いきなり人形が表れるとドキッとしました。

 

昔は人の手で空気を送り込んでいたようです。

 

 

江戸時代に手掘りで掘った排水抗です。

 

ここにも人形がいました。

 

 

こちらにも

睨んでいるような人形がいました。

 

これも江戸時代の旧抗です。

 

今日も読んで頂き、ありがとうございます。

これ以降のブログは、後日アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017.03.12 Sunday

豊岡コウノトリ(1)

 

2月の中旬のことですが、

以前見学できなかった生野銀山と

コウノトリを見学する目的で

兵庫県へ向かいました。

 

 

途中、休憩をした西宮名塩SAです。

 

ここで充電も行いました。

 

 

最初の目的地、「生野銀山」へ到着しました。

 

   http://www.ikuno-ginzan.co.jp/ 

 

 

150年ほど前の明治元年に

明治政府直轄の銀山であったこともあり、

歴史を感じさせてくれます。

 

 

 

以前のブログに書いた「菊の紋章」です。

 

 

この場所が

本来の入り口になります。

 

 

昼ということで、

ここで昼食をとりました。

 

 

 

牛肉コロッケ入りの「ハヤシライス」です。

 

同行したpuchansdrさんがおごってくれました。

 

 

徳川家康の時代に幕府の財政を支えてきたことで

奉行を配置し、

1716年から「生野代官所」と呼ばれるようになりました。

 

 

この先が坑道の入り口です。

 

 

昔、試し堀で掘られた洞窟が神社になっています。

 

 

先に「鉱山資料館」を見学しました。

 

 

三菱の歴史を紹介しています。

 

 

三菱のシンボルである

スリーダイヤマークの

変遷を紹介していました。

 

現在のロゴは

大正3年から使用しています。

 

 

三菱の鉱業のおける歴史の紹介です。

 

 

「生野銀山」の立体模型です。

 

 

古い施設ですが、

展示内容は充実していました。

 

 

この後、「吹屋資料館」を見学しました。

 

今日も読んで頂き、ありがとうございます。

これ以降のブログは、後日アップさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 


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